無意識(the unconscious)

はい、今日は無意識(the unconscious)について。
これは普段から使っているから知ってるよ!と思う言葉なのですが、じゃあ無意識って?と言われると答えに困るんじゃないでしょうか?
一般に、個人の行動を左右し、思考感情の方向付けに大きな影響を与えるけれど、本人には自覚されていない心的過程のことを言います。
この無意識、本人の意識意志の他に心的決定要因が存在することは古くはプラトンなんかから哲学や心理学の分野で問題にされてきました。
ライプニッツの微小表象(よく分からないので説明はパス!)、ショーペンハウアーの意識なき意志、ジャネの心的自動症といった考え。
…私は未だにライプニッツさんがどんな方か知りません(爆)哲学者さんなのは確かなんですけど;
さて、一般的なことはこのくらいに、フロイトなど、精神分析的な無意識についてお話しようと思います。
フロイトが打ち立てた精神分析は無意識の心理学とも呼ばれるほど、無意識を重視しています。
さて、ここからがどっちでもいいじゃん!っていうメンドクサイ話なんだけど形容詞的に使う場合と、名詞的に使う場合では意味合いが変わってくる話です。
形容詞的(つまり「無意識的な」という表現)な場合は、現実には認めがたい欲望や感情、思考の性質ゆえに強く抑圧されて、意識には上がってこないものを指します。
フロイトの力動論的考えの定義で、防衛機制が働いた結果、意識の外へ押し出されたもので、力学的心理学の考え方。
名詞の場合(「無意識」と使う場合)は、局所論的視点(全体の中の一部をさす考え)から見たもので、意識、前意識とともに、人間の精神構造を作る一部だっていう深層心理学の考え方として捉えることもできます。
ユングも同様に無意識の働きを重視したけど、フロイトと違って、無意識の持つ建設的(よりよくしていこうと積極的な態度)な働きを強調して、無意識の層を世代や時代を超えて人類に共通で普遍的な無意識として集合的無意識と個人的無意識に分けたって話はちょこっとユング心理学ユングの話をした時に話したような気がしますが…。
よく、無意識は”氷山”として例えられて、映画「タイタニック」を思い出してもらえると分かりやすいと思うけど、見えてる氷の部分(意識)は少しでも、下に大きな氷の塊(無意識)がある…そう思ってもらえると分かりやすいのではないでしょうか。
見えてる意識の部分は少し。
人間無意識に抑圧されている部分は沢山あるってことです。
なんとなく無意識について分かってもらえたでしょうか?
今日の勉強、お役にたてましたか?

(※神経症は後で日記をUPしておきます)